今日の地元新聞一面にこのような記事が。
「復興支援策の対象に秋田県を。」
政府が今考えているのは、岩手、宮城、福島など10県221市町村を対象として、その対象地域の中から「特区」を申請してもらう、そして、その申請に基づき、国が特区認定をする。認定をされた地域に対は、様々な規制緩和や財政支援、税制優遇などが受けられるというものだ。
つまり、今の政府の構想の中には、秋田県も山形県も入っておらず、特区申請をする資格がない。
そういう法案が次期国会に提出される予定となっている。
これでは困る。
と、山形県は考えたのだろう。
そこで、秋田県に呼びかけ、「国に対して、我々にも何か財政支援をしてくれ、秋田も山形も直接の被災地ではないが、いろいろな影響を受けていることは事実なのだから、そういう支援があってもいいじゃないか。」ということを国に要望した、ということだ。
さて。
ここまで読むと、なんとなく、そうだ、そうだ、そのとおりだ、国にしっかり求めていけ、ということになるのだが、ここに至るまでの経緯を振り返ると、今回の要望には正直、落胆したというのが私自身の率直な感想だ。
復興特区、という考えが出されたのは、政府が設置した「復興構想会議」の場で、宮城の村井知事が「東日本復興特区」を提唱したところあたりから始まっている。
その後、復興構想会議で、これに具体的に肉付けしていくという作業が繰り返されてきた。
そういう中で、7月に秋田県で全国知事会が開催された。
佐竹知事は開催県の知事として冒頭であいさつし、「大震災への政府の対応は、現場感覚がない、臨場感がない、とないない尽くし。」と政府を批判し、その上で、「日本の大きな岐路に我々がどう動くかで国の形が変わってくる」と述べた。
さらに、復興特区に関しては、「最初に規制があって、それを特別に緩和する、というような従来型の特区ではなく、そもそも、原則規制なし、というゼロベースから出発して、本当に必要な部分だけ限定的に規制するという、発想の逆転が必要だ」というような趣旨の発言をされた。
私はその発言を聞いた時、「思い切ったな」と驚くとともに、「お手並み拝見」とも思った。
私は県職員時代、こうした特区、あるいは規制緩和、地方分権といったことに関する仕事をしていたが、国のあらゆる規制をいったんゼロにして、基本的に地方で全部考えて、やりますから、などというのがどれだけ「夢物語」かを痛感している。
国の規制を1つ取り払うだけでもすさまじい労力と攻防がある。
それを、いったん全部とっぱらう、ということを言うのだから、これを政府に求めるとすれば、ただ「言葉だけ」ではなく、地方から相当の覚悟や労力を持って、突き上げて、提案していかなくてはいけないだろうと思った。
まさに、「我々(地方)が動いて、国の形を変える」という気概でやらなければならない。
しかし、その7月の知事会以降、秋田県は、その「原則自由・最低限の規制」という特区の姿について、具体的なものを国に提案してはこなかった。
何が地方でできて、何が「最低限、国の規制が必要なのか」といった仕分けもしなかったのだから、提案できようはずもない。
私はその点について、先の9月議会の総括質疑で佐竹知事に問いただしたかったのだが、例の国際教養大学の予算の関係で、時間切れとなり、この特区構想について議論をすることができなかった。
そういう背景の中で、今日の新聞を読むと、なんとも情けない気持ちになるのだ。
4月から復興特区の議論は進んでいて、7月には佐竹知事自らアドバルーンを知事会議の場で上げた。
しかし、そこから一向に本県において議論も動きもないまま、ついに今まさに法案が出るというタイミングになってから、「俺たちも被災地の仲間に入れてくれよ」と言いだしたわけだ。
佐竹知事自身が批判し、否定したはずの、「従来型の特区」の仲間に入れてくれ、と。
しかも、それは山形県から持ちかけられた話だという。
がれきや焼却灰の受け入れに関する要望書はどんどん出すのに、政府の復興支援を受けるための要望書は人に言われて今になって出す。
どうも順番が違うような気がしてならない。
直接の被災地でない秋田が、政府の復興支援を受けようと思えば、間接的な影響も含めて、相当なデータを集め、かつ、政府に対して早い段階から、粘り強く、プレゼンテーションをしてこなければいけなかったはず。
それをせず、いろいろな復興支援のスキームが固まってしまってから、「よっこらしょ」と腰を上げて、輪の中に入れてくれ、と言いだすのは、遅きに失したのではないか。
どう動いても結果は変わらなかったかもしれない。
しかし、その結果を導き出すためのアクションや戦略、ネゴシエーションが、遅く、鈍かったのではないか。
佐竹知事には、大見えを切って、否定した「従来の特区」ならば、いっそ、今回も、「そんな特区じゃ意味がない、乗らない」というぐらい言ってもらいたかった。
今更、ではないか。