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覚悟。

2013年10月28日

 政治家には覚悟が必要だ。

 覚悟の種類にはいろいろなことがあるが、政治家として一番最初に行う「覚悟」は、立候補するという覚悟だろう。

 立候補に至るきっかけや動機、目的などは人それぞれだ。私自身、今から10年前に政治を志していたか、と言われればノーだ。

 県政に対する焦り、ふるさとへの想い、県庁の体制そのものへの疑問・・・いろいろと積み重なった内心はあったし、「一緒にやらないか」と熱を持ってお話してくださった方がいなければ、その内心の思いを行動に変えるチャンスは訪れなかったかもしれない。

 しかし、間違ってはいけないのは、どんな誘いや、どんなきっかけも所詮それは外的要因であり、機会でしかなく、その機会を前にしたときに、行動に移すかどうか、決断するかどうかは本人の意思でしかないということだ。

 立候補すれば必ず当選できるわけではない。落選も当然の想定だ。

 立候補したことを何かのせいにしたり、落選したことを誰かのせいにするようでは、そもそも政治家としての適格性がないと私は思っている。

 民主党は、政権を取る際に、大量の国会議員、新人議員を生み出したが、民主党所属の地方議員が呆れるほどの脆さとスピードで、野党に転落し、所属の国会議員も激減することとなった。所属議員が激減すれば政党交付金も減る。カネが減れば、ますます党の力は弱まる。

 今、民主党は衆院選、参院選で落選した大量の元国会議員らについて、「国政に再挑戦させる」人間の選抜・選考を行っている。

 政党交付金が激減した今、落選した国会議員の全てを抱え込んで、活動費を支給し、再挑戦させる余裕はないし、何より、それに値しない国会議員もいたことは確かだ。

 この選考・選抜は相当に厳しいものになるということは覚悟せざるを得ないが、私は、民主党からもう一度国会に挑もうという落選議員の方々に強く言いたい。

 「覚悟」を持っていただきたい、と。

 民主党を本当に立て直そうと思うならば、覚悟のない人たちにはこの際去ってもらったほうがよい。地べたを這ってでも、味噌を舐めってでももう一度、国政に挑み、そして、勝利し、再び国民のために、日本のために働こうという情熱を持った人のみに、再挑戦していただきたいと思う。

 さる衆院選の際に、秋田3区から出馬し、落選した民主党公認候補が、自らの選挙をサポートしたスタッフなどを告発するという事態が起きた。

 民主党が険しい再生の道を歩もうとしている矢先に大変残念なことだが、私個人としては、その方の主張には何の正当性もないと思っている。

 その方の一方的な主張に対しては、こちらも堂々と反論をしていくべきだとも思っている。

 主張の中身1つ1つについて、ここで詳しく書くことは各方面に差しさわりがあるため控えるが、1つだけ言えることは、どんなに誰から出馬要請されようとも、最後に出馬を決断するのは自分だし、その結果の責任を含め、選挙全般に関する最終的な責任者は候補者本人であるということだ。

 私自身、その方の選挙の際に、その方を誠心誠意応援し、それぞれ与えられた仕事を全力で行っていた方々の苦労を目の当たりにしてきただけに、今現在、そうした選挙の最終責任者としての自らの責任を一顧だにせず、全てを誰かのせい、何かのせいにしようとしているかのような姿勢には憤りすら感じるというのが私の正直な気持ちだ。

 警察当局が捜査をしている事案もあるが、いずれどういう結論になるにせよ、誤ったこと、法に反することがあったならば、それは然るべき者が責任を取らねばならないし、言われなき誹謗中傷に対しては毅然とした態度を取っていくことが極めて重要なことだろう。

 こういうときこそ、私も「覚悟」を持って、自らの職務において言うべきことを言い、やるべきことをためらわずにやっていこうと思う。

 

 

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沼谷 純はこんな人!

昭和48年3月
秋田市生まれ。仁井田育ち。
平成7年4月
秋田県庁入庁、企画調整課配属。
平成22年12月
政治を志し、秋田県庁を脱藩!
(退職)
平成23年4月
秋田県議会議員に初当選。
現在3期目。
令和3年2月
秋田県議会議員を辞職し、秋田市長選挙に挑戦。
令和5年4月
政治家として再始動を決意。
現在
秋田市横森在住。

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