2014年となった。
政治家は年賀状を出すことが法律で禁じられており、旧友・恩人の方々への挨拶もままならない職業ではあるが、日々の活動を通して気持ちをお伝えしていこうと思う。どうか、失礼をお許しいただきたい。
私にとって、2013年は公私にわたって本当に厳しい一年だった。
衆院選の敗北後、県連幹事長となった。当時の心情を素直に吐露すれば、多分、寺田学さんが落選したことで誰よりもショックを受けたのは私だったと思うし、自分が幹事長になることなど、望んでもいないし、想定もしていなかったが、背を向けるわけにはいかないという思いだけで、大役を引き受け、知事選や参院選への対応に追われた。重責と一言で言ってしまうには余りあるほどの責任の重さで、結果も経過も含めて、自分自身の未熟さを痛感することとなった。
県議としても、佐竹知事無投票再選という歴史的な出来事を挟んで、より一層、オール与党化が進み、県議会が社交場のような緩やかな空気さえ漂う中で、県民の皆様のために、との思いで、敢えて誰よりも厳しい姿勢で知事に迫り続けたつもりだが、そうした空気を振り払うまでには至らなかった。
仕事以外の面では、お世話になった方や大事な方を何人も病で亡くした。仕事ばかりの自分だったが、人生とか健康とか、生きるということについて深く考えさせられた一年であったが、なかなか思うように実践できなった。
かくして総じて厳しい一年ではあったが、しかし、得難い経験を積むことのできた一年でもあったし、一つの区切り、新たな変化、不変の思い、など、自分自身の中に様々なものが生まれた一年でもあった。それについては明日改めて書きたい。