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速度と深度。

2017年06月28日

 6月13日から始まった6月定例議会であるが、各議員の一般質問が終わり、各委員会での予算審議が終わり、あとは7月3日、4日の両日に各会派の代表者らが、佐竹知事と直接議論をする総括審査を残すのみとなった。

 私自身は、ほぼ毎回この総括審査に臨んでいるので、今回も幾つかの点について、佐竹知事に問いただしてみたいと思っているが、そのことは日を改めるとして、今日は6月議会に提出された補正予算全体についての感想を書いておきたい。

 選挙があったため、2月議会において可決された平成29年度予算は骨格予算であった。

 つまり、政策判断が分かれるような予算や事業は、選挙で信任を得てからということで6月補正予算に計上されるのが通例であるため、この補正予算が、佐竹知事が選挙を経て、何をやりたいか、何をやろうとしているか、ということの意志が現れる予算ということだ。

 サッカースタジアムの関する検討会議や、働き方改革や賃金アップに関する秋田県版の公労使会議の設置など、知事が選挙戦を通じて訴えてきたことが予算に現れたことは一定の評価をしたい。

 しかし、一方でいささかスピード感や実効性に欠けるという気もする。

 有識者や有力者らで、テーブルを囲んでいるだけでは秋田は変わらないし、働く者の賃金も上がるはずもない。

 もう1点、気になったのは未だ、佐竹知事の予算事業には「イベント型」のものが目立つということだ。

 関西圏からの秋田への移住を促進したい、という野心的?な思いは否定するものではないが、首都圏以上に困難極まる関西圏からの移住をどう進めるか、ということについて、その手段が「関西圏でのイベント」ではあまりにお寒い。

 首都圏で秋田のファンを増やしたい、という目的も否定はしないが、これまたイベント的な事業に留まっているのは残念でならない。

 秋田のキラーコンテンツである日本酒を関西圏にも売り出したい、あるいはそれに取り組む酒造組合を支援したいということも十分理解できるが、では、関西というマーケットにおいて酒だけを売り込むことで良いのか、秋田の食文化そのものをどう関西圏に発信していくのかという視点が不足しているようにも感じるし、そもそも秋田はその発信拠点であったはずの大阪市内に設置したアンテナショップを1年前に廃止している。

 単発、単品、各セクション縦割りの売り込みやイベントを続けていても、極めて非効率で効果が低いことは言うまでもない。

 会議とイベントに終わらせることなく、「速度と深度」この二つを持った政策を実施していくことが、佐竹知事の3期目には求められるのではないだろうか。

共謀罪についての私の考え。

2017年06月18日

 組織犯罪処罰法の改正案が成立した。

 これで、来月11日から、日本においては277の法律において規定されている犯罪行為について、「共謀罪」が適用されることとなる。

 政府は、この共謀罪について、組織的犯罪つまりテロを防ぐため、国民を守るため、必要なことだ、と説明をしてきた。そのとおりだ、とか、そう言うならやはり必要な法律なのだろう、とか、その説明を肯定する方も多くいらっしゃるだろう。

 私も、テロが起きてよいと思わないし、テロを防ぎ、国民を守ることは国家の責務だと思っている。

 しかし、重要なことは、「テロ防止」や「国民保護」という目的に、「共謀罪」という手段が適合しているかどうか、だ。お金が欲しい、からといって、強盗が許されないのと同じように、いかに正しい目的であろうと手段が間違っていれば、その目的が適切に達成されるはずもない。

 もう1つ、重要なことは、共謀罪と予備罪・準備罪などがどこが違うのか、ということだ。このことを議論せずに、共謀罪がテロ防止のためだ、などと簡単に理解したつもりになってしまうのは非常に恐ろしいことであるので、少し詳しく解説したい。

 まず、我が国において、既に放火や強盗、殺人などについては予備罪がある。殺人を例にとって説明すると、殺人に成功すれば殺人罪、殺人に失敗すれば殺人未遂罪、殺人のために準備を始めれば犯行に及ばなくてもその時点で殺人予備罪が成立する。

 つまり、予備罪や準備罪と言われるものは、外形的に何らかの形で証明しうる「準備行為」が必要となる。刃物を購入した、薬物を入手した、といったことだ。

 しかし、共謀罪は違う。「殺したい」と思うことや、「殺したい」と他者に漏らしたこと、が処罰の対象となる。準備や着手の行為がなくても「思うこと」「言うこと」が処罰の対象になるのだ。

 では、こうした「行為なき意思」や「実行なき言葉」を処罰しようとするときに、日本国家はどうやってそうした意思や言葉を選別し、処罰するのだろうか。どうやって心の中の声、あるいは広大に広がるソーシャルメディアの海にポトンと投げ落とされた個人のつぶやきを選別し、処罰に踏み切るのだろうか。

 個々人の心、プライバシー、匿名での言動など、膨大な個人情報を国家が収集し、選別し続けるという機能がなければ、そもそもこの共謀罪で誰かを裁くことなどできはしないということは自明の理だ。逆に言えば、そうした個人情報の収集をするという国家の意思表示がこの「共謀罪」の根底にあると理解しなければならない。

 277の法律の中には、商標権、著作権などに関するもの、競馬、競輪、競艇などに関するもの、そのほか私たち国民の日々の生活や権利に密接に関わるものが含まれている。

 つまり、日々の生活の中に共謀罪という「内心の罪」がスルリと入り込んだのだ。これが本当にテロ防止のため、という目的に合致する手段だろうか。

 私には、国民の内心にまで手を突っ込んで、管理・監視していくことが目的としか思えないのだ。国民を守るための共謀罪ではなく、国家権力に異を唱える(唱えようとする)国民から自分たち権力者を守るための共謀罪ではないかと感じるのは、勘繰りすぎだろうか。

 余談だが、イギリスにも共謀罪はある。そして、イギリスでは過去にこの共謀罪は、反体制運動を取り締まるために使われたが、この共謀罪をもってしても先般イギリス国内で起きたテロは防ぐことができなかった。

 この一例が、私たちに教えてくれることは何か。

 共謀罪ではテロは防げない。防げるのは国民の異論・反論の表意である。そのことを今の政府与党はよく解っている。何を言っても、何を隠しても「どうせ国民はすぐに忘れる」と開き直っている政府と自民党に対して、国民は選挙において「圧倒的な数」を与え、そして今、その数によって彼らは国民をコントロールする「武器」を手に入れたということなのだろう。

 国民が与えた権力によって、国民は自らの権力を制限される時代になってしまった。

クマによる死亡事故。

2017年06月03日

 クマによる死亡事故が後を絶たない。

 このように書くと、いかにもクマが「悪」にようになってしまうのだが、本来的にはクマのテリトリーに人間が侵入しているのだから、クマによる、ではなく、山菜取りによる、という書き方が正しいのだろう。

 年によって、クマの発生・発見件数は変動するが、ある程度確信的に言えることは、鈴やらラジオやら、音を出していればクマのほうが逃げていってくれる、などという思い込みはもはや全く通じないということだ。

 人間そのものを「食べ物」として意識しているか、人間は必ずおにぎりなどの「食べ物を持っている」と意識しているのか、クマに関して素人の私には判然としないが、音を出せば、むしろ食べ物がここにありますよ(いますよ)と自分で知らせているようなものだ、ということは十分認識しておくべきだろう。

 しかし、山菜取りのために山に分け入る人は後を絶たない。

 個人としての楽しみ、という方もいるだろうし、売るために取りに行く人もいるだろうが、死亡事故が相次いでも、入山者が減らないのは、「自分は大丈夫だ」と思っておられる方が大半だからだろう。装備もある、迷うこともない、危険があればすぐ逃げれる、1人ではない、などなど、どういう理屈かはさておき、自分がクマに襲われて死ぬことを想定あるいは覚悟して、山菜取りに向かう人はいないはずだ。

 そうした前提で考えた時、最近、気になったニュースが一つある。

 田沢湖地区の国有林を管理する協議会が、これまで山菜取りのための入山者から徴収していた入山料の徴収を取りやめることにした、というものだ。

 理由は、「入山料を徴収すれば入山を許可したことになる」ということで、徴収をとりやめ、入山自粛を呼びかけたいということのようだ。

 さて。

 この理由が私には少々腑に落ちない。

 確かに入山料を徴収しなければ、入山を許可したことにはならないので、市もメンバーの一員となっているこの協議会としては、「入山を許可した」という責任は回避できるかもしれない。しかし、一番大事なことは、責任を回避することではなく、いかに入山を抑制あるいは禁止するか、ということだ。

 前述した入山者の山菜取りへの執着心や、安全管理への自信(過信)を前提とすれば、入山料を徴収しないことは、むしろ、そうした入山者の入山へのハードルをいささかでも下げることになりはしないだろうか。

 今季、これからの入山者の数がどう推移するか、統計などもそもそも取りようがないものではあるが、入山料を徴収しない=タダで山菜取りの人気スポットに入れるというふうに真逆の方向に山菜ハンターらの意識が働きはしないか、ということが私はとても心配だ。

 市を含め、責任は回避できたが、入山者はむしろ増えました、ではこうした死亡事故への対策とは言えない。

 可能かどうかは別として、本当に入山を抑制するならば、入山料を大幅値上げでもして、その徴収金を原資として、入山抑制のためのパトロールや、事故発生時の様々な行政コストなどに充てるほうがよほど良いのではないかなどと考えてしまうのは私だけだろうか。

 温泉での死亡事故なども何度かあったが、こうした事故が全国ニュースで流れるたび、秋田が売りにしてきているはずの自然資源というものが、むしろ売りとして受け止められなくなってしまうのではないか、という気にもなる。

 山菜取りは自己責任であるし、誰かに強制されて山に入るものでもない。

 私自身、山菜は大好きだが、こうした死亡事故が秋田県全体に与えるマイナスイメージを考えたとき、さらに厳しい入山抑制や事故防止対策が求められることは必須だろう。

 入山料タダ、がそうした意味で本当に有効なのか、もう一度立ち止まって考えてもらいたいと思う。

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沼谷 純はこんな人!

昭和48年3月
秋田市生まれ。仁井田育ち。
平成7年4月
秋田県庁入庁、企画調整課配属。
平成22年12月
政治を志し、秋田県庁を脱藩!
(退職)
平成23年4月
秋田県議会議員に初当選。
現在2期目。
現在
秋田市横森在住。

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