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政治を志したワケ

これまでのこと。そして、これからのこと。

幼少期の想い

私は、父親のいない家庭で育ちました。
幼い頃はそれがコンプレックスでもありましたが、同時に、かなり早い時期から己のことを己の責任と能力において決めるという精神を養うことができました。
その頃、いろいろと辛いこともあったものの、誰にもその思いを打ち明けることができずにいました。しかし、一度だけ、クラス担任の先生の前で、言葉もなく延々と泣き続けたことがありました。
高校に入り、卒業後の進路を考え始めたとき、当時、先生の前で心を開き、泣くことができた自分を思い出し、自分も子供にとってそんな存在になりたいと思い、教師になることを決意しました。
4年間奨学金をもらいながら通った大学では、決して優秀とは言えない学生でしたが、教育者を志すうち、自分が社会のさまざまな事柄、仕組み、因果についてあまりにも無知であることを知り、自分自身がもっと経験を積まなければと感じました。
進路を変え、秋田県庁に入庁した後は、上司や同僚に恵まれ、分不相応なほどの素晴らしい経験を積むことができましたし、秋田の将来を考え、情熱を持って仕事に打ち込む、まさに同志たちにもたくさん出会いました。

インドでの決意

25歳のとき、憧れだったインドに友人と二人でバックパックしました。
人の数より神の数が多いと言われる、光と色と匂いと祈りの国は、同時にまた、直視をためらうほどの格差と身分制の国でした。
日本に帰ってきたとき、現代の日本に生まれた喜びを感じ、そして、無作為抽出で偶然にも幸運にも与えられたこの人生を精一杯生きていこうと決めました。

それから10年以上が経った今、この日本でも「格差」という言葉が当たり前に使われるようになりました。
所得格差、世代間格差、地域間格差・・・
格差の根本的な原因を、「固定化」であると私は考えました。
役割の固定化、職業の固定化、機会の固定化・・・・

今、日本を、そして私たちが暮らすこの秋田を覆っている閉塞感を打ち破るには、この「固定化された」社会を変革し、努力する人間、努力した人間に等しくチャンスが与えられるような、「機会均等」な社会を実現することが必要だと私は考えました。

バックパック

いま、秋田の10年先を見据える。

そして、周りを見渡したとき、秋田の政治でもまた、この「固定化」が起きていました。
世襲化・家業化する議員、任期中一度も議場で登壇しない議員、冠婚葬祭に走り回る議員。
私は、親が政治家でなくても、地盤やお金がなくても、志をもって努力する人間に政治の道を開きたい。全ての人に政治の道は開かれているのだと身をもって示したい。
そして、志の高い、秋田の未来のために自分を投げ打てる人間たちによって議会というものが作られるなら、それがまさに、秋田の地方自治の成熟であり、県民の幸福にも必ずつながるものだと信じています。

今から10年経ったとき、私たちが目にするものが、チャンスのない、希望のない、沈んでいくだけの秋田なのか、そうではないのか。
10年先のための今。そして、さらにその先へ。

Move ahead, Make a revolution.

沼谷 純はこんな人!

昭和48年3月
秋田市生まれ。仁井田育ち。
平成7年4月
秋田県庁入庁、企画調整課配属。
平成22年12月
政治を志し、秋田県庁を脱藩!
(退職)
平成23年4月
秋田県議会議員に初当選。
現在2期目。
現在
秋田市横森在住。

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