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始まり

2011年03月31日

  「いよいよ、明日から。」「明日から一切更新できません。」
 今頃、全国各地でそんな書き込みをしている候補者がどれほどいるだろう。
 今回の選挙で有権者の方々が、何を基準に判断されるのか、そこは様々あるだろうと思う。
 地域それぞれ固有の課題に加え、、震災の影響で、今まで以上に有権者の「命と暮らし」に関する意識が高まっていることも確かだ。

 そして何より、今、全国的に地方議会の存在・役割が問われている。

 このままの県議会でいいのか、それとも一度壊してみるぐらいのことをしなければいけないのか。
 是非、有権者の皆さまにご判断いただき、そして、投票所に足を運んでいただきたい。

 しばしの間、この場では皆さまにお話をさせていただくことができませんが、どこかで見かけることがありましたら是非一声かけていただけると幸いです。
 全力で。行ってきます。
 まだ小雪がちらつく日もあるようですが、明日から新年度。
 それぞれの春が確かに始まるはずです。
 

 
 
 

三度

2011年03月30日

 38歳になりました。
 今まで生きてきて、これほど誕生日らしくない誕生日もない。
 38年前、どのような思いで、どんな苦労をして母が私を産んでくれたのか詳しく聞いたことはない。
 が、出産費用を父親に預けたら、いつの間にかそれが「消えていた」と随分前に話していた。
 そういう父であった。
 あれやこれや、すったもんだ、七転八倒しながら、母は私と弟を女手一つで育ててくれた。
 必要に迫られて、かどうかは解らないが、とにかく気が強い。ドラ息子二人を育てるために相当気を張ってきたことは確かだろう。

 その母にこれまで3度、頭を下げたことがある。
 1度目は、高校3年のとき。
 どうしても大学に行きたくなった。
 当時、我が家は生活保護受給世帯であった。そこの長男が大学に行くというのは、憲法が保障する「最低水準の生活」を超えることになり、すなわち、生活保護対象から外れるということだった。
 つまり、生活は劇的に苦しくなる。
 そのことを承知で、母に「大学に行かせてくれ」と拝み倒した。
 飯だけは食わせる、それ以外、学費も含めて全て自分で賄うこと、という条件でそれは許可された。
 2度目は、大学3年のとき。
 教育学部を出て、教師になるはずが、どうしても教師になることへの抵抗感があった。
 自分のような社会も知らない未熟者が、子どもの人生と未来に関わることへの恐ろしさ、と言い換えてもいいかもしれない。
 で、「法律も経済も政治学もまともに学んでないが、行政に身を置きたい。ただし、一発合格は望めない。何年でもトライしてみるつもりだ。その間、バイトして生活費は入れる。頼む。」ということになった。
 これまた、母は「やりたいならやればいい。」と、言葉とは裏腹に不安いっぱいな顔をしてそう言ってくれた。
 そして3度目。
 「県庁を辞めて、政治の道に行きたい。」
 母は泣いた。
 苦労して育てた息子が、やっと一人前になり、安定した職業に就いた。それを捨てると言う。
 3日3晩、説得を続けた最後に、
 「おまえがそこまで言うなら、後は何も言わない」と母から言われた。
 退職して3カ月。
 何度誘っても、水を向けても、いろいろな理由をつけて私の集会に一度も来なかった母が、数日前、初めて
集会にきてくれた。
 壇上から、母の顔を見ていると、こちらが青ざめてしまうぐらい、母が緊張していた。
 今の私を、誰よりも反対し、誰よりも心配しているのだと思う。 

 38年前。
 どんな思いで私を産んでくれたかは解らないが、今、どんな思いでいるかはぼんやりわかる。
 産んでくれてありがとう。
 貴女が産んだ息子は相変わらず迷惑をかけっぱなしですが、頑固なところだけは似てしまったのだと、諦めて付き合ってください。
 IT弱者の貴女がこの文章を見ることはないでしょう。だが、これでも毎年誕生日には感謝をしているのです。

 今年も、ありがとう。

玄人

2011年03月29日

 「今回の選挙では、民主党候補者のほとんどが政治の素人で県政について勉強中。」
 こういった趣旨の記事が今日あった。
 素人であることは否定しない。というより、素人が政治の道に入っていくことに意味があると私は思っている。県政の仕組みや予算書の見方は勉強すれば勉強した時間と量に比例して身につく。
 しかし、今の自分の仕事や商売を辞めてまで裸一貫で政治に飛び込もうとする「想い」や「情熱」は、勉強で身につくものではない。
 確かに今回、民主党県連は候補者選びに難渋したが、それは何より、その人間の政治に賭ける「熱の量」と、秋田のために、その人間がこれまでやってきたことの「生きざま」の部分に重きを置いて選んだため、「玄人」でも「二世」でも「社長」でもない無名の素人に光が当たったことによるものだと、一候補者として僭越ながら私は思っている。だから、素人集団であることに誇りさえ持っている。堂々と「素人感覚」を大事にしていきたい。
 ひるがえって。
 その記事によれば、玄人集団である自民党では「我々は勝てる候補が必要だ。民主党のように無競争阻止のために立てる選挙はしない」とのこと。
 これを素直に読めば、勝てるかどうかが重要であり、有権者に選択肢を与えることは二の次、というように読めるのだが・・・
 そういえば、先日ある候補者後援会からの「秋田市東部の皆様」宛の広報物(討議資料)をいただいた。
 まさに、秋田市東部地区の住民として、この候補者が県政をどう導こうとしているのか、秋田をどうしようと考えているのか、大変気になるところ。勉強させていただこうと早速、拝見した。
  「東部市民サービスセンターの設置」、「柳田地区の下水道整備」、「駅東地区の交通安全確保対策」・・・??私はこれが市議会議員候補者の資料だったか?と思わずもう一度読み返した。
 しかしやはり県議候補。しばし考え、なるほど、これが「玄人」による「勝てる選挙」か、と納得した。
 青くさく「県議会のあり方」や「県政課題にどう取り組むか」などということに悶々と頭を悩ませる必要はなかったのかもしれない。
 選挙の仕方も、訴えることも、最後は候補者一人ひとりの自己責任であることは言うまでもない。
 一方的に「自粛申し合わせ会議」なるものの開催を通告してきて、出席しなかった者がいたとしても、そこではみ出た意見を述べた者がいたとしても、それはやむを得ないこと。それを受け止める度量なく、自分が勝手に作った「土俵」の上で相撲を取らない者に「非がある」ように言うなら、最初からそのような「パフォーマンス」的会議など開催しなければよいのではないだろうか。
 

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沼谷 純はこんな人!

昭和48年3月
秋田市生まれ。仁井田育ち。
平成7年4月
秋田県庁入庁、企画調整課配属。
平成22年12月
政治を志し、秋田県庁を脱藩!
(退職)
平成23年4月
秋田県議会議員に初当選。
現在2期目。
現在
秋田市横森在住。

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