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憲法記念日にあたって。

2013年05月03日

 66回目の憲法記念日を迎えた。

 9条をはじめ日本国憲法の内容について、これまでも様々な議論が続けられてきた。

 安倍総理は、自民党の党是とも言うべき憲法改正を訴え、参院選を戦う意思を明確にしている。

 護憲か改憲か、という二元論は私自身、クラシックすぎてどうにも好きになれないのだが、敢えてどちらかと問われれば、「改憲」と答えるだろう。

 世界は変わり続ける、社会も変わり続ける、人の価値観も暮らしも変わり続ける。

 変わり続けるものの中で、人が生み出すいかなるものも「不変」であり続けられるものはないという意味において、憲法もまた、変わること、変えることを前提としているというのは至極当然なことだと思うからだ。

 しかし、現在の憲法改正ルールは守るべきだと私は思う。

 現在のルール下で、堂々と憲法改正ができるなら、すべきことがあるなら、やったらよいと思う。

 そこが安倍総理及び自民党とは決定的に考え方が異なる。

 現在のルールは、96条において「衆参両院の3分の2以上の賛成」を経て、国民投票を実施し、その「有効投票数の半数以上の賛成」が得るということになっている。

 これを、安倍総理は、「ハードルが高い」とおっしゃる。

 一国の総理がこういう事実に基づかない、感覚的な物言いをされること自体が私には不思議でならないのだが、諸外国に比べて、現在のルールはむしろハードルが低いぐらいだ。

 アメリカ、カナダ、ドイツ、ロシアといった連邦制を敷いている国々では、いずれも連邦議会の3分の2以上の賛成が必要となっている。その上で、連邦を構成する各州の承認を、アメリカでは4分の3、カナダ・ドイツでは3分の2以上得る必要がある。

 当然、日本よりハードルは高い。

 オーストラリアでは、連邦議会の過半数で改正発議ができるが、その後の国民投票において、全選挙人の半分以上の賛成を得なければ改正はできない。

 日本は有効投票の半分となっており、国民投票を実施して、その投票率が4割だったとしても、その半数以上が賛成に回れば、改正ができることになる。

 4割の半分だから、20%。つまり、全選挙人の20%しか賛成しなくても改正できる日本に比べれば、オーストラリアのほうがハードルが高いことは明らかだ。

 このほか、ベルギーやオランダなどは、憲法改正を発議した後、解散総選挙を行った上で、新たな国会で3分の2以上の賛成を得るという手続きになっており、これは「国民投票」の代わりに「総選挙」が機能するという形になっているが、これまた日本よりハードルは高いと言えるだろう。

 現在の日本と同じ「国会3分の2、国民投票過半数」という手続きとなっているのは、韓国。

 安倍総理が言う「国会の過半数」で改正発議ができる国にはフランスがあるのだが、先進諸国を見渡しても、日本よりハードルが低い国は、このフランスぐらいしか見当たらない。

 くどくど書いたが、安倍総理が言う「ハードルが高い」という認識がいかに国際常識とずれ、憲法改正したいがための抗弁であるかがおわかりいただけるのではないか。

 変えたいから、変えやすくしたい、というのは幼稚な議論だ。

 そして、幼稚なだけではなく、重大な問題をはらんでいる。

 憲法は、国民が「政治」を縛り、コントロールするためにある。

 議員内閣制、間接民主主義を採る我が国において、国民が国会や内閣の権限をしっかりコントロールするための「道具」が憲法である。

 国会も内閣も、主権を持った国民から付託を受け、権限を行使するが、その際に、一定の方向やルール、「やっていいこと、悪いこと」を国民が憲法という形で示しているのだ。

 これを、「制限されている側」である内閣や国会が、こんな制限はイヤだから、もっと自由に軍隊を設置して動かしたいから、などという理由で、生みの親である憲法を簡単に変えられるようにしたい、という発想自体が問題なのだ。

 我が国で憲法改正が一度も行われていないのはハードルが高いからではない。

 我が国よりハードルが高い諸外国においては、その高いハードルを越えて何度も憲法改正が行われている。

 敢えてキツイ表現で言わせていただければ、安倍総理がやろうとしていることは、憲法改正のハードルを下げることではなく、この国の、日本国民の民度を下げることになる。

 高いハードルの中で、国会がしっかりと議論をし、それを国民に開示し、説明をし、理解を得て改正をするのが、成熟した民主主義の姿であるし、そうして欧米諸国は民主主義の鍛錬をしてきているのだ。

 他国よりむしろハードルが低いこの日本で、未だ憲法改正ができていないのは、政治の熟度と責任の問題であり、我が国の民主主義の未熟さゆえだと私は思う。

 そういうことにフタをした憲法改正議論は不毛であり、不幸でしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

桜。

2013年05月01日

 桜がなかなか咲いてくれない。

 県内各地でも、うまく連休と満開が重なるところ、そうではないところ、いろいろあるようだが、全体として例年よりもずいぶん遅いようで、連休後半に期待している方も多いのではないだろうか。

 自分が学生の頃、千秋公園で毎年恒例の観桜会があった。

 秋田大学の観桜会と言えば、毎年、救急車が出動するような、「一気飲み」が有名で、私自身も今思えばムチャな飲み方をしたものだと思う。

 そういう桜の楽しみ方は論外としても、やはり、日本人ほど「桜」を愛し、桜に人生を重ね、文化や芸能を育んできた民族もいないのではないだろうか。

 昔、西行という歌人が、「願わくば花のもとにて春死なん その如月の望月の頃」と歌を詠み、その願いどおりに満月の頃に生涯を終えた。

 坂口安吾の「桜の森の満開の下」という短編も私は好きだが、桜は美しいだけではなく、どこか「死」と結びついている花だと私は思う。

 靖国神社への参拝を巡る外交問題などが連日報道されている。

 靖国神社は桜の名所としても知られているが、散っても再びまた咲く桜と違って、人の命は散ったらもう戻らない。

 今を生きる我々は、戦争という過去に対する責任や、そこで命を落とした数多くの先人たちへの哀悼や敬いの心を忘れてはならないが、同時に、これからの日本をどうしていくのか、その「知恵」が試されてもいる。

 憲法改正も国防軍の設置も、感傷的・感情的にならずに冷静に国民の皆さんに選択をしていただきたいとも思う。

 

 残り少ない桜の季節、私自身、散りゆく桜にいろいろな想いを重ね、楽しみたい。

 ヒマラヤにも桜が咲くという。

 いつか、見てみたいものだ。

 

 

 

 

 

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沼谷 純はこんな人!

昭和48年3月
秋田市生まれ。仁井田育ち。
平成7年4月
秋田県庁入庁、企画調整課配属。
平成22年12月
政治を志し、秋田県庁を脱藩!
(退職)
平成23年4月
秋田県議会議員に初当選。
現在3期目。
令和3年2月
秋田県議会議員を辞職。
新しいステージへ挑戦。
現在
秋田市横森在住。

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