6月議会に提案される県の補正予算案が明らかになった。
今更、の説明になってしまうが、通常の補正予算と今回のものは性質が異なり、ボリュームが多い。
佐竹知事の2期目のスタートにあたって、今後取り組んでいきたい政策などが多く盛り込まれたということだ。
個別に見ると、私自身が何度か議会の中で提案させていただいたようなことも含め、期待できる、期待したい事業もいくつか見える。
たとえば、「地熱地産地消推進事業」。
これは既に新潟県で実証実験が行われているが、温泉地で湧出する温泉水の熱を使ったバイナリー発電システムのこと。
詳細は割愛するが、大規模な地熱発電よりも小規模で設備導入コストも抑えられるため、これが具体化していけば、県内各地にある温泉街・温泉地において、そこで使用される電力は、その温泉熱によって地産地消できるようになる。
このほかにも洋上風力や、シェールオイルやメタンハイドレードなどの新たな資源についても、「調査」といった第一歩であるが、踏み出す予算措置がされたことは評価したい。今後の展開のスピード感の勝負になるだろう。
観光政策においても、評価できる方向性が打ち出されている。
本県を訪れる県外観光客で最も多いのが「東北隣県」からの「マイカー」客である。
本県が行う誘客キャンペーンなどは、これまでもその大半が東京などで実施されてきたが、私は、もっと観光実態に合わせて仙台を中心とした東北からの誘客に力を入れるべきと考えてきた。
今回、そうした近隣県へのプロモーション事業が新たに予算措置されたことは、観光政策の方向性として正しいと私は思う。これを単なるイベントに終わらせず、具体の誘客に結びつく「仕組み」づくりにまでもっていけるかどうかが、今後の課題だろうとは思う。
一方で、農業については未だ力強さやその「成長戦略」が見えない。
「貧乏をしてまでコメを作る必要はない」というような趣旨の発言を佐竹知事はされたようだが、実際には秋田の食品製造出荷額は佐竹県政1期目の期間においても横ばいを続けている。安倍総理の「農業所得倍増」ではないが、「6次産業化」によって秋田の農業を発展させようとするなら、より一層大胆な、力強い取り組みが必要だろう。
先般の地元新聞紙の社説を持ち出すわけではないが、佐竹知事の言葉に最近「強いもの」が混じるのは、県内産業界、県民などに対する奮起や決意を促すメッセージだと前向きに受け止めたいところだ。
しかしそうだとすれば、その強いメッセージに見合う、強い施策と大胆な挑戦を行政自らが実施していかなくてはならないだろう。
県民の皆さんが2期目の佐竹県政に対して何を望むか、それは佐竹知事自身が県民の皆さんに求める「奮起」や「行動」、それと同じであろう。
そういう能動的、意欲的な予算や事業というものが、今回の6月補正予算全体を見渡したとき、少々足りないのかな、という気がしないわけではない。
6月議会での様々な議論を通じて、議会としては知事や県政に「奮起」を求めていく立場であろうと思っている。
大阪市で起きた母子餓死事件。
やりきれない、という言葉に尽きる。
と、言いたいところだが、それはある種の思考停止に自分を追い込むような気がして、容易にその言葉を使いたくはない。
去年7月には、当時暮らしていた大阪府守口市の生活保護相談窓口に母親が相談に行っていたようだ。
その後、親族や知人に金銭面の不安を訴えるメールを送っており、10月には親族と警察署員が訪問したこともあった。その頃までは夫と同居していたが、その後、その家を出たようだ。
子どもの検診を受けさせていなかったため、年明け2月頃から守口市の職員が母子に接触を試みていたようだが、その時点で消息が分からなくなっていた。
今月には母子の行方不明届が出されている。
何度か、この母子を救うチャンスはあったのかもしれない、そう思うのは私だけだろうか。
大阪市役所の方が会見で「勇気を出して声を上げてもらわなければ助けようがない」といった趣旨の発言をされていたし、原則的にはそのとおりだろう。
夫からのDVがあったというような報道もあるが、餓死に至る直接・間接の理由がどうであれ、この母子が、いくつかの「救いの手」や「救いに至る接点」からするりと滑り落ちるように、「死」に至ってしまったことは残念でならない。
「声を出してもらわないと」市役所の方はそう言ったが、しかし、人によって「声の出し方」や「声の大きさ」は異なる。
この母子は、確かにSOSを発していたのではなかったか。
決して、沈黙を貫いて一直線に死へと向かったわけではない。
働こうと、生きようと、夫から逃れようと、助けを求めようと、不器用ながらも、足りないながらも声を出していたのではなかったか。
そう思えてならないし、それだけに救えなかったことについて、「やりきれない」という一言だけではない、検証が必要にも思う。
自民党・公明党は、今国会に生活保護法の改正案を提出した。
その内容は、これまで口頭でも生活保護受給の申請が可能であったものを、本人の収入や扶養義務者の収入や資産状況などを書面に記載して申請することや、扶養義務者の収入等を調査できるといった内容となっていた。
これに対して民主党から「申請の厳格化が門前払いにつながりかねない」として、事情があれば引き続き口頭でも申請を受け付けるという例外規定を加えるよう提案があり、それを自・公が受け入れ、今国会で改正案が成立する見通しとなった。
昨今、生活保護の不正受給問題などを発端として、生活保護バッシングが続いてきたが、日本の生活保護制度は、先進諸国に比較し補足率が非常に低いことは周知の事実だ。
日本では人口の1.6%しか生活保護を利用していないが、ドイツやイギリスでは10%程度となっている。日本は先進諸国の中でも貧困率が高い国となっており、実際には10%か、それ以上に生活保護を受けるべき貧困世帯が存在していると言われている。
つまり、数百万人の国民が、憲法上の権利を自ら放棄し、貧困の淵にひっそりと沈んだまま、声を上げられないでいるということだ。
今一度、耳を澄ませたい。
声なき声に。
政治の聴力が問われている。
株価が乱高下している。
当然だ。
東京市場は6割が外国人投資家によって取引されていると言う。
つまり、実体経済を伴わない単なる投機によって市場の相場が大きく動くのだから、売り時、と見れば容赦なく売られ、買い時と見れば容赦なく買われる。
金融緩和の限界、という声も上がり始めた。
金融緩和でつなぎつつ、成長戦略によって本物の経済成長の軌道に乗せるというのがシナリオであるから、市場も国民も「成長戦略」への期待がいやがうえにも高まってきている。
農業の6次産業化。
これは民主党も政権の座にあったとき、進めようとした。
おそらく、これからの日本の農業、国内外のマーケットの動向を見れば、TPPの是非を語るまでもなく、6次産業化は進めていかなくてはならないだろう。
どのような政権が今後誕生しようとそれは変わらないように思う。
逆に言えば、「6次産業化を進める」というだけでは、もはや何の説得力も持たないし、そこに異論も反対も出ようはずもない。どのようにやるか、具体的にどうするのか、ということこそが問題となる。
安倍総理が、成長戦略の1つに、「農業の所得倍増」を掲げた。
現在、4500億円程度の農産物・食品関連輸出を、1兆円まで拡大することや、現在1兆円の6次産業化関連を10兆円まで伸ばすというもので、これを今後10年程度でやり遂げるという。
このために農地の集約化を進めるとも掲げられた。
しかし、いずれも具体策がない。
高度経済成長期の「所得倍増」計画は、国内の人口や消費が右肩上がりの時代、需要の増加に伴って供給が拡大するという時代であった。
しかし、今は違う。人口減少、少子高齢化の中で、国内需要は伸びない。国外需要を取り込むためには、「痛み」も含めた農業改革・農地改革が必要だ。
所得倍増という言葉の響きは大変良いが、これが、実体経済を動かす「成長戦略」となるとは私には思えない。
クールジャパン戦略といい、今の政府の成長戦略はどこか、地に足がついていないようにも見える。
是非、国民が信頼し、安心し、希望を持てる、実効ある成長戦略とその具体策を早急に示していただけることを期待したいし、異次元の金融緩和に踏み込んだ以上、それが「できませんでした」ではもはや済まされない局面に来ていることも確かだ。