先日の新聞で、2040年、つまり今から30年弱で、秋田県の人口は70万人を割り込むという報道があった。
これは、国立の権威ある研究機関が推計したものだ。
県民の皆様に是非知っておいていただきたいことがある。
この推計は甘い。
現実には、秋田県はもっと早いペースで70万人を割り込むと推測される。
私の見立てでは、もう5年程度は早くなる可能性がある。つまり、2035年、今から20年ぐらい先だ。
その根拠を少し丁寧に書く。
この研究機関は、5年に一回、推計値を発表する。
前回の推計は、平成19年、2007年に行った。そのとき、2010年(平成22年)の秋田県の人口を109万4千人と予測した。
正解はどうか。
平成22年の秋田県人口は、108万6千人。予測より8千人少なかった。
そのさらに5年前、平成14年にも、2010年の人口を予測している。
このときの予測は、112万4千人。
実際よりも4万人近くも多いと予測していた。
つまり、秋田県の人口は、この研究機関の予測を常に下回ってきた。数年先でもそうなのだが、これが10年先、20年先となると、かなりの誤差、「下振れ」が出る。
よって、今から20年も30年も先となると、相当な誤差が出るし、予測よりもさらに人口は少ないと見るのが妥当だ。
現に、私が県庁職員時代、独自の手法で将来の人口推計をしていたが、それはやはり、この研究機関の将来予測よりもさらに厳しい見通しを示していた。
この研究機関の推計が実際より甘いというのにはいくつか理由があるのだが、一番大きな理由は、「出生率」の読み、である。
端的に言って、女性が生涯で子供を何人生むか、というところを、たとえば、「生涯に2人」と読むか、「1人」と読むかで、当然、将来の人口予測が違ってくる。
この出生率はこれまで一貫して低下する傾向にあるのだが、研究機関は、実際の出生率よりも「高め」に仮定して設定しているため、長期的なスパンで予測すればするほど、甘い読みになる。
もう20年後。
今日、おぎゃーと産まれた子どもが成人を迎える頃、秋田県の人口は70万人になる。
そのとき、秋田が「100人の村」だったなら。
そのうち、44人は高齢者(65歳以上の人。)
そのうち、45人が現役世代。
そのうち、11人が未成年。(うち、3人が0歳〜4歳)
こういうことになる。
こういう秋田が20年後には現実のものになるだろう。
そのときに何が起きるか、何をすべきか。
私たちは今から直視し、今から備えていかなくてはいけない。
20年後、私は60歳だ。
100人のうち、1人しか新しい子どもが生まれない秋田で、私はその子どもに何を残してやれるだろうか。
そういうことを考えるのが、今の私の責任、今の私の世代の責任ではないかと思うし、考えるだけではなく、何かをしていかなくてはいけない世代だとも思う。
そろそろ、若いもんにこの秋田の未来を任せてもらえないものか。
20年後の「あきた村」に責任を持てる世代に秋田を任せてもらいたい。
なかなか衝撃的な条例が成立しそうだ。
生活保護受給者がパチンコや競馬、ギャンブルなどに浪費しているのを市民が見かけた場合に、「市民が通報する」義務を負うという内容の条例だ。
正式名称は「福祉給付制度適正化条例案」。兵庫県小野市のものだ。
もちろん、これだけの内容ではないのだが、この通報義務は果たしてどう運用されていくか、そのことを考えたときには少し恐ろしい気持ちになる。
不正受給が後を絶たない、あるいは、こうしたギャンブル浪費も実態としてあることは確かだ。
しかし、問題があることと、その解決策として妥当かどうか、ということは別の話だ。
「ギャンブル浪費」に限定して、市民の方々が適正にこの通報制度を活用してくれればよいが、ギャンブルに限らず、「あそこで高価なものを食っていた」とか、「子どもを連れて遊んでいた」などというところにまで、「監視」の目がいかないとは限らない。
何より、実際にそうした通報が行われるかどうか、というより、こうした条例・制度ができたことにより、「監視をする義務(権限)を持った市民」と「監視されることを前提とした生活を送ることになった受給者」という関係ができあがってしまうことに、私は不安と懸念を覚える。
市長は、これは監視ではなく「見守り」だと説明する。
しかし、市民の方々が、そうした優しい気持ちや慈愛に満ちた目で「生活保護受給者」を見るとは、昨今の社会情勢からして到底考えられない。
何か贅沢をしていないか、何か問題がないか、という批判的な目で受給者を見るだろうし、一部のよからぬ受給者を戒めるために、そうではない受給者の方々まで、こうした目線にさらされることになりはしないか、そう懸念をする。
おかしなことをしていないなら、別に気にすることはないだろう。
そういう声が出てきそうだが、やむを得ず受給されている方、そこからの再起を必死にはかろうとしている方、それでもどうにもならずに苦しんでいる方にとっては、こうした条例のある街で、暮らしていくことは精神的にどれほどのプレッシャーか、そのことを想像すると心が痛む。
「不実な弱者」への処断のために「誠実な弱者」がおびえて暮さねばならないような社会保障制度、地域社会ならば、やはりどこかに問題がある気がしてならない。
今日は民主党県連の幹事長として書きたいと思う。
寺田学さんが民主党を離党することについて。
昨日の県連常任幹事会で、「公認も推薦も支持もしない」ということを決めた。
寺田さん、川口さん両名とも首長選挙に挑戦するための離党であるが、お二人ともに「一党一派に属せず」という首長としては当然の政治姿勢に基づいて決められたことであった。
このことを受けて、民主党としても政党として何らかの支援体制を決定することは、新しい挑戦、新しい場に旅立とうとする二人のその姿勢にかえってそぐわないのではないかということを私自身は考えた。
幹事会においては、二人を激励する言葉もあれば、民主党を離れることを惜しむ声もあったが、能動的な意味での「支援体制」を決めないことが、裸一貫、政治家としてゼロから出発するお二人にとっては、何よりの支援となるのではないかということで決めさせていただいた。
一方で、二人がいなくなった民主党はどうなるのか、大丈夫なのか、というご意見も様々な方からいただいている。
とりわけ、寺田学さんについては、落選したとはいえ、民主党秋田の大黒柱として、今後も様々な形で民主党を引っ張っていってほしい、という声も多い。
民主党幹事長としては、寺田・川口両名ともに、民主党秋田にとって大変有為な人材であり、誰よりも離党を惜しむ気持ちがある。
とりわけ、寺田さんは、この10年、国会議員ゼロという状態の民主党から、27歳で国会議員となり、そこから県連代表あるいは幹事長として、参議院選挙で勝利し、衆議院議員でも勝利し、ついに政権交代を果たすまで、秋田の民主党をけん引し続けてくれた。
地方組織の充実・強化ということは確かに十分ではなかったかもしれないが、2年前の県議会議員選挙において、私も含めて3人の新人議員が誕生し、今、よくまとまって、県政に向き合っている。
これも彼の功績であることは間違いない。
私から見て、この10年間、これほど秋田において民主党の党勢拡大に功績のあった人はいないし、後任としては、これに並ぶような実績を上げよと言われれば大変なプレッシャーではある。
が、逆に言えば、寺田学という存在にいつまでも頼っていては、本当に足腰の強い民主党にはならないだろうとも思う。
地に足のついた形で、1つ1つ民主党の再生や地方組織の強化に取り組む、そういう次の10年に向けた歩みを進めていかなくてはいけない。
我が国の政治情勢は日々刻々と変わっている。
民主党という政党が今後どうなっていくか、第三極と言われるような各政党がどう動いていくか、私には今見通すことはできない。
私にできることは、私に与えられた職責を今、全うしていくことである。
前任の幹事長に、10年間本当にお疲れ様、との言葉を捧げつつ、後は心置きなく、自らの思想信条、その原点に立ち返って存分にやっていただきたいと思う。
寺田学は、民主党にとって必要な政治家であったが、それ以上に、秋田県にとって必要な政治家であると私は思っている。