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12月議会を振り返って。

2012年12月24日

 国政選挙で騒がしい中、12月議会が始まり、そして終わった。

 改めて振り返れば、私自身、生煮えな議会となってしまった。
反省をこめてそう思う。

 生煮え、と感じた理由はいくつかある。
1つめは、「クマ問題」があまりにクローズアップされすぎた結果、他の県政課題に対して議会全体として議論の踏み込みが甘くなったのではないかということ。

 2つめは、佐竹県政についての検証、つまり、「ふるさと秋田元気創造プラン」の進捗状況を県が公表したにも関わらず、それについて議会として深まった議論が見られなかったこと。

 3つめは、「クマ問題」について、県側も議会側も、「選択肢」を示さなかったこと、あるいは、示せなかったこと、と言い換えてもいいかもしれない。

 3つめについて、少し私なりの補足的な見解を示したいと思う。
今回の議会には、八幡平のクマを阿仁に引越しさせ、そこで寿命を全うさせるために、阿仁のクマ牧場を改築する、その改築のための設計費が予算計上された。
通常、この設計費の予算を認めるということは、来年度に予算計上される改築予算も認めるということに等しい。
設計は認めるが改築は認めない、というのは一貫性に欠けるからだ。
だからこそ、この設計の段階でこそ十分な議論が必要になる。

 私がこのクマの件で、県側は選択肢を示していなかったと考えている。
このクマの「処理」方法は概ね次のようなものだったろう。

 1.本人あるいは県が殺処分をする。
2.阿仁クマ牧場に移送し行政(県・北秋田市)が飼育を続ける。
3.現在の八幡平クマ牧場を最低限改築し、クマが寿命を終えるまで八幡平で飼育を続ける。

 1について、県は「殺処分をすれば大変な風評被害がある。県のイメージが下がる。」といった考えや、「メールなどで殺処分反対の意見が多い」といったデータを示した。
しかし、イメージ低下といった「曖昧な論拠」では3億円を超える県費を投入するに心もとないし、反対意見が多いのも、何事も反対者のほうが強い行動に出る以上、当然のことであり、県民の皆様の本当に民意がどこにあるかは、そのデータによって計られたとはとても言えない。

 2についても、県と北秋田市で協定が結ばれたわけだが、結局、ランニングコストの増は、観光客の増による入場料収入などで賄うと言うものの、観光客の増に繋がる施策も現時点では不明で、県と北秋田市のどちらがどこまでそうした観光施策、ソフト施策に関わるのか、その財政負担はどうするのかといった、「施設の維持管理コストと表裏の関係にあるコスト負担」は置き去りにされたままであった。

 そして、3については、議論もデータもなかったが、実はこれについてしっかりとした検証がなされるべきであったと私は思う。
殺処分できない、だから、阿仁で観光に役立ってもらおうというのは、議論がひとつ飛んでいるのだ。
殺処分できないなら、「殺さず生かせばいい」という考えもあったはずだ。
個人所有であるクマを、個人所有である八幡平クマ牧場で飼育し続ける、そのための最低限の財政負担を県が行う、ということも選択肢としてあったのではないか。
もしそれが可能であったなら、何も無理をして北秋田市にクマを引き取ってもらい、その代わりに多額の財政負担を県がし続ける必要もないということになる。
3の方法が、法的、財政的、あるいは安全管理の観点などから「とりえない選択肢」であったとしたなら、その点を県側が明確にすべきであったろう。

 長々と書いたが、1、2、3いずれの「選択肢」についても、その選択の前提となる条件や情報が不十分で、これでは県民の皆様が「腑に落ちる」わけがない。
現に私のもとへも、いくつもこのクマ問題に関して、県民の皆様から御意見や御質問のお電話などをいただいた。

 県も県議会も、このクマ問題について、情緒や空気に流され、あらゆる選択肢を排除しないという政策論議の前提がいつの間にか消えていたように感じた。

 これも県民の皆様が見れば「オール与党化した県議会」というふうに感じられてしまうのかもしれない。

 それにしても最近の県政、すっかり動物ネタが多くなった。
これも動物好きの佐竹知事のカラーというところか。

改めて振り返る。

2012年12月21日

 前回の更新から少し時間が経過してしまった。
申し訳ありません。

 もはや、世間的には「安倍政権」一色で、たった5日前とは思えないほど隔世の感がある。

 そういう中で、今更選挙の振り返りをすることは旬ではないのだろうが、今日少し書こうと思う。

 今回の選挙の敗因は、大きく3つあったと思っている。
1つめは、構造的な理由である。
とりわけ、全国の「一区」においてその現象が顕著であったが、「維新」や「未来」といった政党がにわかに乱立し、民主への逆風に加え、こうした政党に「非自民票」が分散したことにより、結果として自民党に利する結果となった。 
民主党の地方組織の弱さ、地方議員の少なさということも、票の分散を食い止める力の弱さに繋がっただろう。

 秋田一区においては、得票結果を見れば、仮に維新や未来の候補者が出馬されていなくても、勝てなかっただろうと思うが、やはり「非自民」が割れていては、いつまでたってもこうした「勝負にならない」という選挙結果、選挙構造が続いていくだろうということを改めて痛感させられた。

 2つめの理由は、有権者との距離感、とでも言おうか。
民主党の候補者、つまり寺田学は、総理補佐官という役職に就いていたわけだが、3期10年というキャリアは「中堅どころ」と言えるだろう。こうした中堅のポジションというのは、彼に限らず、なかなか難しい立場に置かれることが多い。
1期、2期といった議員であれば重い役職が与えられることはまずなく、そのぶん、国会閉会中は地元に帰り、有権者の方々と様々な形で接する時間や機会が持てるし、4期、5期となっていけば、与党ならもう「大臣」クラスであり、メディアを通して、地元有権者にその活躍ぶりや仕事ぶりは伝わる。
彼が就いていた総理補佐官という役職は、「黒子」であり、しかし、官邸を離れることができない激務でもあった。
当時の政府の震災対応の良し悪しは別として、その震災対応、復旧・復興のために震災後1年はほとんど地元に帰ってくることもできなかった。
当選を重ねていけば、こういう「見えないが激務」というポジションを、必ず通らなくてはならず、そういうタイミングでの選挙ということは、結果として、候補者本人と有権者の距離を遠くしてしまったのだろうと感じている。
いずれ、秋田から閣僚あるいは総理大臣を輩出しようと思えば、こうした「途上」のポジションにある議員の活動というものを、有権者の皆さんにしっかりと評価していただけることが大事なのだとも思うし、そういう時期においても、密度の濃い、効率的な地元活動というものも、候補者自身が考えて実践していかなくてはならないのだとも感じた。

 3つめの理由は、選挙手法である。
これは、選挙責任者としての私の責任が最も重いのであるが、「徹底した小集会」というスタイルは、愚直なまでの本人の強い想いではあったものの、結果的に「選挙の勝つ」という面から見れば、無党派層への広がりに乏しいスタイルであった。
今回の選挙は「民主党がダメだから他のどれかを選ぶ」というような空気感の中で、政党が乱立し、争点が不明瞭になってしまったわけだが、実は、社会保障であれ、原発であれ、防衛であれ、日本のこれからの行く末、その方向を定める大変重要な選挙であった。
そういう中で、候補者本人としては「当選するための選挙ではなく、政策を選択してもらうための選挙がしたい。それが政権を担ってきた現職議員の役目」という想いの中で、108回の小集会の中でひたすら「政策」を訴え、民主党の政策について説明をしてきた。
このスタイルは、選挙や政治に興味を持つ、あるいは明確な意見を持っているような方々には十分届いたと思うが、集会にも足を運ばない世代や、無党派層、無関心層と言われるような、底流にある「分厚い層」には届かず、響かなかったと言わざるを得ない。
秋田市だけでも20万人を超える有権者がおり、その方々と対面で政策を訴える機会は非常に限定的である中で、様々な媒体やメディアを使って不特定多数に伝えていかなくてはならないわけだが、この点でも課題が残ったと感じている。

 以上が私なりの分析である。
とは言え、こうした敗因を分析することはたやすい。
しかし、この敗因を解決していこうとすれば、長い時間と根気が必要だ。

 今後、民主党として、あるいは、民主党県連として何をどうしていくか、どう立て直していくか、そのことについての私の思いは、また改めて書き記そうと思う。

選挙を終えて。

2012年12月17日

 選挙期間中、更新を控えておりました。

 結果は既に皆様ご承知のとおりとなりました。

 振り返れば、いろいろと思うこと、考えることがありますが、このHP上で、私なりに少しずつ整理しながら書いていこうと思います。

 記憶や気持ちを記録に変えておくことは、いつか多少の意味を持つような気がするからです。

 まずは、26歳のただの若者が10年かけて造ってきたもの、戦ってきたもの、そのことについて、心から敬意を表したいと思います。

 

 

 

 

 

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沼谷 純はこんな人!

昭和48年3月
秋田市生まれ。仁井田育ち。
平成7年4月
秋田県庁入庁、企画調整課配属。
平成22年12月
政治を志し、秋田県庁を脱藩!
(退職)
平成23年4月
秋田県議会議員に初当選。
現在2期目。
現在
秋田市横森在住。

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