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野党の合流について

2020年01月20日

久しぶりに国政のことについて、少し思いを述べたい。 私が国政政党であった、当時の民進党を離党してから2年以上が過ぎた。 政党に所属しない身となって以来、国政のことについてアレコレ語るのは、自分の立場や責任の範囲を超えているし、離党した人間がそうすべきでもないと考えてきたので、静かに見守ってきたつもりだ。 私自身が理想とする国政の姿は、10年前、政治の道を志したときから変わることなく「緊張感のある、そして成熟した二大政党制」だ。 その意味では、戦後の日本の政治を担ってきた自民党という政党は、日本にとって必要であるし、自民党が蓄積してきた政治のノウハウや知識、歴史というものは日本の政治の財産であろうとも思う。これからも自民党という政党は必要な政党だ。 一方で、自民党と共に日本の政治を担うべき、もう1つの政治勢力は、社会党から民主党へと移りゆき、ついに民主党政権が誕生するまでの長い歴史と労苦があったにもかかわらず、わずか3年あまりで民主党が野党に転落して以来、その歴史と労苦をどこかに置き忘れてきたように、ちりぢりになったままだ。 様々な理由や背景は今更ここで言うまでもないが、立憲民主党と国民民主党がようやく合流協議の場についた。しかし、どうやら協議はまとまらず、流れる気配が濃厚だ。 もともと一緒の政党だった者たちが、強がりなど言っていられない支持率と勢力しか持たない二つの政党が、合流協議の場について、しかし、まとまらない、というならば、これ以上、情けないことはない。 この程度の違い、この程度のものをまとめられない政党や政治家が、日本という国をまとめていけると誰が思うだろうか。 政権を維持し、政策を実行に移し、権力を手中にするためならば、社会党とさえ連立政権を組んだ自民党と比べれば、大人と子どもの差ほどに、「政権」という目的に向かう執念と手段が弱々しい。 これで本当に合流が破談(継続協議という名目も含む)になれば、どちらの政党もさらに支持率は低下するだろう。 両党が大局に立って、「政権」という目的に向かって進む姿が見えない現状を、国民の一人として深く憂う。同時に、二大政党制を求める政治家の一人としては、離党したとはいえども、極めて忸怩たる思いを持っている。 私自身が政党に再度所属し、その中で何かをやっていくという意思は現時点では持っていないが、その分、秋田のこと、秋田の課題に自分の政治家としての全てのエネルギーと時間を費やしていきたいと思っているし、秋田の政治に「緊張感」と「変革」をもたらすことができるような存在でいたいとも思っている。 野党の奮起に期待したい。

スタジアム整備について。

2020年01月12日

ブラウブリッツによる利用が中心となる新たなスタジアムの整備については、今から3年ほど前、佐竹知事と穂積市長が、それぞれ3期目の再選を目指すためのその公約の中で、「スタジアムの整備促進」を謳ったと記憶している。 それから県・市が中心となり検討を重ねてきたわけだが、3年経って、「八橋」「秋田大学」「プライウッド所有地」の3カ所はいずれも候補地としては適さないという結論に至りそうだ。 私は、この3カ所のうち、秋田大学及びプライウッド敷地については、大学と民間企業からそれぞれ提案されたものであり、従来から候補地として想定されていたわけではないことから、これらの適否について検討の時間を要したことについては、アレコレ言うつもりはない。 しかし、秋田市が所有する八橋運動公園については、極めて強い違和感がある。 秋田市(市長)は、自ら「整備促進」を掲げて検討会に参加し、この3年もの間、その八橋運動公園を候補地の1つとして検討をしてきたが、県側が既存施設の移転なども含め、様々な提案を市側に持ちかけたにもかかわらず、市側は徹頭徹尾「八橋運動公園は無理」とのスタンスを崩さなかった。 八橋運動公園が無理ならば、検討の余地がなかったならば、3年もの間、そこを候補地の1つとして検討会に加わってきたことは、無責任との批判を免れ得ないのではないだろうか。もし検討の余地があったならば、市として何をどう検討し、その可能性を具体的に模索し、結果、何が理由で候補地となり得ないことになったのか、それを十分に説明する責任があるのではないだろうか。 加えて、ここに来て「外旭川地区」が浮上しているが、秋田市が掲げてきたコンパクトシティとの整合性をどう図るのか、その点も私としては注視している。 いずれにしても、秋田市においては自らスタジアム整備促進を進めてきた当事者として、県側の提案を全て拒否した以上、秋田市自らが候補地を確保する責任があると私は考えている。 今後の秋田市の検討や市民への説明などをしっかりと見極めていきたい。

新年を迎えて。

2020年01月01日

令和という時代が誕生し、あっという間に令和2年を迎えることになった。 つくづくと、時の流れの早さを感じる。 今年は、私自身が政治の道に入ってから10年目という節目の年になる。 秋田に生まれ育って、秋田に骨を埋めていく一人の人間、社会人、秋田県民としても、自分なりにここまで生きてきた時間を総括し、さらにここからどう生きていくか、そうしたことを考え、行動に移していくべき年齢、人生の時期にさしかかってきたようにも思う。 イージスアショアの新屋演習場への配備の問題はもちろんだが、この秋田には決断しなければならない、まったなしで判断を求められるもの、あるいはリスクを背負ってでも果実を得るために一歩踏み出さなければならない課題がいくつもある。 こうしたことに対して、自分も一人の政治家として、少しでも後世に恥じない選択、決断をしていきたいと思う。 継続してきた街頭活動も3年目を迎えることになった。 街頭に立ち、市民・県民の皆さまにご挨拶をさせていただくこと自体に、大きな意味はないかもしれないが、10年前、政治の道を志して初めて街頭に立ったときのその「初心」と「覚悟」を持ち続けていくため、これからも続けていこうと思っている。 2020年、引き続き、皆さまからのご支援とご指導を心からお願いしたい。
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沼谷 純はこんな人!

昭和48年3月
秋田市生まれ。仁井田育ち。
平成7年4月
秋田県庁入庁、企画調整課配属。
平成22年12月
政治を志し、秋田県庁を脱藩!
(退職)
平成23年4月
秋田県議会議員に初当選。
現在2期目。
現在
秋田市横森在住。

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